2015年09月30日

悟り

悟り 

吾が心を観る、一つにする、迷いをなくす、執着を消す。

心に吾が「悟り」。

修行によって悟りを得ることが出来る。

しかし、この修行も自分自身に負けることが多い。

迷いや葛藤の中に、自分を観て、自分に問いただす。

自分を突き詰めるが、しばらく経つと雑念が生じる。

人間はそう簡単に悟れるわけではないが、

悟りと云う終点よりも、その道中が大事である。

それは高い山岳に登ると同じ。

登ることは苦難。

でも、高度が上がるほど下界がよく観えて来る。

人間も耐えて悟りの修行を行うと、

途中から自分が持つ心の低さが観えて来る。

下界では観えない、自分の邪心や執着、我欲が観える。

09 - 3 (1).jpg
posted by 純庵 at 06:59| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月29日

過程 

過程 

人生や仕事、すぐに結果や成果が出るわけでもない。

途中段階で求めようとするから、失敗に観える。

春に花が咲いた林檎は秋に実る。

しかし、炎天下の夏や初秋の頃、林檎は熟していない。

それを林檎栽培の失敗とは誰も思わない。

人生や仕事もあきらめず、過程の段階で失敗とは思わない。

何事も実るまで時間を要する。

家族や経営者や上司が失敗と判断したら、

それらの人間は天地自然の万法を知らないだけ。

焦らず、慌てず、時が育てるまで辛抱すること。

ただ、その道に失意をし、やる気をなくすことが失敗につながる。

失敗に観えるのは過程であって結論ではない。

失意は気力を失し、自分に敗れることである。

これが心における「失敗」の意味。

DSC07878.JPG
posted by 純庵 at 06:59| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月28日

控える

控える  

控えめな人間ほど失敗することは少ない。

躓きが多い人間ほど失敗することが多い。

躓く(つまづく)のはしんしん身体より足が先に出て、

足元を観ずして急ぎ、転倒する。

何事も出過ぎず、常に控えめであれば、躓くことは少ない。

空に向かって手を広げ、言動の前に深呼吸しながら、

自分自身を見つめること。

控えるの「控」は「手偏に空」、

手に何も持たず、余計な言動はしない。

控えめと臆病とは大きく異なり、

控えめは力を持ちながら自分自身を抑えること。

臆病は力を持ちながら失敗することを頭に浮かべ、

逃げて自分を傷付けないこと。

人間、常に余計なことをせず、控えめでありたい。

DSC04045.JPG
posted by 純庵 at 06:46| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月27日

姿と相

姿と相 

外見は姿、内見は相、同じ「すがた」と云う。

外見の姿を気にする人間は多い。

しかし、内見を気にする人間は少なく、

心が荒れた状態の人間も少なくはない。

人間、他人からの眼を気にする。

しかし、相は観えない為に、気にすることはない。

姿は綺麗でも、相が荒れている人間もいる。

理想は姿も相も綺麗でありたい。

その為に衣装や化粧に掛ける時間と金銭を半々にすれば良い。

相は学びによって得られ、経験によって磨かれる。

相が観える時は、意外と身近いにある。

電車で席の譲り合い、ごみを捨てないなどの日常生活。

他人の悪口を言わない、誹謗中傷しない、

恨み事を言わない、根拠のない噂を流さないなどが「心の相」。

20 - 4 (1).jpg
posted by 純庵 at 07:11| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月26日

善悪

善悪の種は心にあり、

どちらの種を蒔くのかで人生の花が異なり、

当然、未来の現実も変わる。

現実は過去に蒔いた種がやがて実になって現れること。

蒔かない種は実を結ばない。

善悪の種は誰しもが持つ。

それを管理するのが自分の心。

将来、嫌な思いをしたくなければ、

嫌な現実を創る種を蒔かないこと。

頭に浮かんだ心の種はそのままにしておけば、

それなりに育ち、未来の現実を創る。

今も浮かぶ善悪の種は、未来の自分自身を創っている。

image.jpeg
posted by 純庵 at 06:10| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月25日

嘘  

嘘と云うものは自然界に存在しない。

人間はじめ動植物が生きる為に嘘をつく。

動植物は擬態と云う進化。

本来の姿ではないが、何かに見せて難を逃れ、獲物を捕獲する。

人間に擬態はないが、言動に嘘を生じる。

動植物に比べれば嘘の数は極端に多い。

動植物は数百世代掛けて進化をして来たが、

人間の嘘は個人々に因るものである。

また、人間の嘘は反省して謝ることも出来る。

人間の嘘は自由自在に存在する。

その嘘は自分自身の心が管理し、言動に移す。

動植物の進化と違い、人間の嘘は俄かづくりの為に、

すぐに崩れ消えやすい。

嘘つきな人間ほど豊かにならないは、「俄か」であるからです。

DSC07860.JPG
posted by 純庵 at 06:04| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

今あるもの 

今あるもの  

今あるものを十分に使いこなすことなく、

新しいものを求めるのは奢侈である。

質素倹約とは、ケチではなく、ものの命を尊むこと。

無駄な金銭を使わずに、

蓄えて置き、必要な時に使うことこそ、有意義な金銭となる。

何事も控えめ、少量にして、無駄を防ぐ。

有るより無い時の方が智慧は生まれる。

知足という仏教語がある、足るを知るとは、

無駄を防ぎ、自分自身の欲を辛抱すること。

目の前にある物、まだまだ使えるはず。

壊れないようにする、古くなっても使えるように智慧を出す。

消費と云う「多くの費用を消す」ことなく、

十分にそのものが持つ「命」を全うしてあげたい。

人間、足りない方が智慧は付き、無駄な消費も省ける。

DSC07811.JPG
posted by 純庵 at 06:33| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

祈る 

祈る  

自分が間違っているのに、それを正さずして祈っても、

良い結果になるわけではない。

祈りで急に現実が変わらない。

祈りはこれまで行って来たことが成果になることを願う行為。

過去に蒔いた種が、現実と未来を創る。

祈るならば自分の間違いを省みて、正しき道に戻る誓いをする時で、

自分を直さずしても祈りの意味はない。

祈りは祈りで大事な言動。

しかし、その祈りの内容が天地自然の万法に従っているのかを、

自分自身で考える必要がある。

軽い気持ちでの祈りは効果ない。

同じ祈りの時間を作るなら、自分を省みる時間にすべきである。

他人の幸福や成功への祈りは素晴らしい徳心。

自分自身への祈りは、仁徳を修める改心の祈りを目指すこと。

DSC04047.JPG
posted by 純庵 at 06:33| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月22日

ひとに求めない

ひとに求めない  

不幸、失敗の原因をひとに求めない生き方。

幸不幸、成功失敗はすべて自分の心が選んだ道。

幸不幸には、成功失敗にも「心の種」があり、

種を心に植え、育てた結果、花が咲き、実を結んでいる。

不幸も幸福も、成功も失敗も自分で観えない努力をしている。

手を抜いたらから不幸や失敗をしたわけではない。

心で思ったことが天地自然の万法に従い、現実になっただけ。

不幸には不幸の種が、幸福には幸福の種が、

失敗には失敗の種が、成功には成功の種がある。

心で思うことは「心という田」で収穫をすること。

「思う」ことは農業であり、自分が耕すこと、自分が摘み取ること。

「ひとに求めて」ばかりで自分の原因を探さずして、

自分の心を改善出来るはずがない。

良いことは自分の所為、悪いことは他人の所為では徳が低い。

DSC07778.JPG
posted by 純庵 at 06:29| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

差別 

差別  

人を差別する人間は心が小さく、

心の奥に大小の劣等感を持つ。

劣等感は他人より下にいることを自分が知っている為に、

自分自身で意識したくない心理でもある。

その隠したい劣等感が差別を生む。

人種、宗教、貧富、出生などで差別をする。

差別する人間ほど徳性は低い。

それは恕(じょ)の心が欠けているからである。

恕 じょ(己が欲せざるところを人に施すなかれ)の心があれば、

差別の心は創られない。

平和の基本は確かに政治や軍事によって創られるかもしれない。

しかし、それ以上に一人一人の心に仁徳の基本である恕があれば、

無意味な争いを避けることが出来る。

DSC07799.JPG
posted by 純庵 at 06:10| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする