2015年11月30日

実学 

実学 

学問は心の実になってこそ、自分自身に役立つ。

役に立っていない学問は、まだ実になっていないか、

途中で枯れてしまい実になることが出来ないかもしれない。

学問が実になることを「実学」と云う。

初めから「実学」があるわけではなく、

自分の言動一致に因って実になる。

実に成るまで行うことを「実行」と云う。

実行しなければ「実」にならない。

実行、実践、実際は植物の生態学でもある。

人間の心は種から始まり、芽が出て、花が咲き、実を結ぶ。

その実がまた心の種になって次の花を咲かせる。

実学はその種と実の繰り返し。

実とは一度きりではなく、延々と続く心の修練作業でもある。

日々、多くの種を蒔いているのが人生です。

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posted by 純庵 at 07:13| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月29日

日々新た

日々新た  

日々、自分自身や心が新たになっている。

身体も心もすべて時々刻々と変化し、常に新しい細胞や心を創る。

しかし、心の中に過去の古い思いを残し、

それにしがみついて自らの心を苦しめることもある。

本来ならば心も「自然治癒力」を以って新たになっているはず。

人生の苦しみはこの「心に残っている過去の思い」から始まる。

それを捨てるのも離れるのも、自分自身の心次第。

心は心を創り、解放された心、苦しみの心を生み出す。

心を観ない人間ほど、この心に迷わされる。

自分の人生を創って来た「自分の心」、

今が幸福なのか、不幸なのか、それは過去の心が創り出したこと。

日々、心身は新たになっている。

捨てきれない過去や、思い出してしまう過去もあるでしょう。

それを選別するのも自分自身の心でもある。

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posted by 純庵 at 06:16| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月28日

咲く

咲く

冬に咲く花もあれば、真夏に咲く花もある。

春秋に比べれば、暑さ、寒さも増し、草花にとって辛苦の時期。

しかし、それらの花がその時期に咲く勤めを果たしている。

暑いから寒いからと言って、逃げる、抜け出すわけにはいかない。

人間にも与えられた勤めや役目がある。

人生には多くの花が咲き、多くの花が散り、咲かない蕾もある。

咲かないから諦めるのではなく、散るから悲しむのではなく、

それらもすべて天地自然の万法と思えば良い。

自分ばかりではない。

多くの人間がそれを経験し耐えている。

周囲に観える草花は愚痴も言わず、

自然の流れに従っているではないか。

自分自身、人生の花をどう観ますか。

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2015年11月27日

信 

信用、信頼とは義を果たしてこそ成り立つ。

義とは人間同士の守るべき約束や取り決めである。

この義に欠けると、信の質量まで変わる。

口だけ約束や取り決めをしても、

実際にそれらを果たしていない場合、

虚の言動になり、信は低下する。

人生や経営の基本である「信」は、

人間関係の義に因って創られ、人間性にもつながる。

約束、取り決めした以上はその義を果たすのが仁徳。

それを守り決められないのは、人間性としての仁徳に欠け、

人生も、経営も成功はしない。

徳の基本である「仁・義・礼・智・信」、

この五徳に因って人生が豊かになり、仕事や経営が上手くいく。

五徳を蔑ろにする人間はその道から外される。

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2015年11月26日

元気 

元気

人間が元々持っている「気」。

生きる力のある「気」、辛苦に耐える「気」、周囲を明るくする「気」、

誰しも持っている「気」。

しかし、この「気」も持っている人間によって「気」の強弱が異なる。

この気は心が創り出し、それが言動となる。

元気のない人間、元気を失った人間、元気をあきらめた人間。

取り戻すのは自分自身の心。

元気がないと言えども、気が消えるわけではない。

心の奥底に沈み、自分自身で引き出す力を失っている。

他人の助言や書物によって甦ることがある。

生きる力である「気」や辛苦に耐える「気」を、

いつも心に置き、自分や他人を元気にしたいものである。

自分自身の元気が持つ強弱を考えたことがありますか。

その元気を周囲の方々へ配り、また他人の元気もいただきましょう。

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posted by 純庵 at 06:03| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

止まる 

止まる

進む時、止まる時それぞれ人生にある。

進むべき時に進み、止まるべき時に止まる。

しかし、人間は多くのことを悩み、迷い、

その進退を見極められない。

進むべき時に止まり、止まるべき時に進む。

決断が鈍り、時機を逃すと道から外れる。

常に自分の道と速度を観ていないと、

正しい判断が出来ない。

人間は意外と自分の道を観ていない。

常に足元を観て、そして前後の道を観る。

その時こそ、一旦「止まり」熟考する。

「一」 と「止」でまさに「正」の字になる。

一旦止まることは正しいこと。

それから自分に合った速度で進もう。

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2015年11月24日

逃げる 

逃げる

自分自身が「為すべきことを成す」をせずして、

いつも自分や他人から逃げる人間がいる。

他人から観れば「哀れさ」を感じるほどだが、

本人にとっては上手く立ち回って逃げているつもり。

しかし、逃げている尻が観え、茶番に感じる。

「為すべきことを成す」は人間として当たり前のこと。

逃げる時には自分を正当化する「言い訳」と云う「嘘」が必要。

言い訳上手は「嘘上手」。

ただ、心に置く嘘の数は多量に準備しなければならない。

「言い訳」や「嘘」で自分の人生を創り、

死ぬまでそれらを考え続けなければならない。

逃げて美味い味をしめた人間は、その泥沼から抜け出せない。

「守るべき約束」「返すべき金銭」「為すべき人生の目標」を、

いつも心の仁徳が忠実に実行していますか。

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2015年11月23日

約束

約束

約束を守る人間は仁徳を重んじる人間。

約束を守らない人間は仁徳を蔑ろにして平気でいる。

仁徳は「義・礼」を重んじ、それによって「信」を創る。

約束は義であり、それに対しての言動は礼である。

約束をいつも守らない人間は、他人からの「信」が薄く、

人生で最も大事な仁徳を失っている。

約束を守るか守らないのかで、その人間の心が観える。

いつも他人は観ている「あなたの人間性」、

他人との約束は「為すべきことを成す」と云う徳の基本。

うっかり忘れることもあるだろうが、

守らないことを平気でいる人間は、

人生の後半で大きな損失を与えられる。

人生、心豊かに過ごしたい気持ちがあるならば、

果たすべき約束は厳守のはず、自分に嘘をついてはならない。

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posted by 純庵 at 07:05| Comment(1) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月22日

乱す 

乱す

如何なる人間も心乱れる時はある。

修徳を心掛けている人間は、

乱れる心を安定した状態に戻し易いが、

修徳や修仁を心掛けない人間は、

乱れた状態が続き、いつまでも心が落ち着かない。

水面に投げた石によって、そこに波紋が起きるが、

しばらく経てば大小の波紋は治まる。

しかし、そこに再度石を投げるのは自分自身。

落ち着いた水面を乱す「心の石」。

誰でもある「乱す石」、それを投げるのは自分の心。

たとえ他人が投げても、しばらく経てば治まる。

自分が投げない限りは、自分の水面は乱れない。

投げていないつもりが、実は自分自身が投げている。

修徳は自分を観る力を養うことが出来る人生の仁徳。

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posted by 純庵 at 06:46| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月21日

機嫌 

機嫌  

人間、誰しも機嫌の良し悪しはある。

徳性の高い人間は自分の感情を抑える力を持つが、

抑えられない人間は感情を露わにし易い。

機嫌の良い時は他人に迷惑を掛けることはないが、

機嫌の悪い時には他人へ八つ当たりをする。

心の器が大きい人間は悪い機嫌をその中に封じ込められる。

しかし、心の器が小さい人間はそこからこぼれる。

機嫌の悪い時こそ、その人間の徳性が観える。

完璧な人間は少ないが、八つ当たりは徳性に欠ける。

自分の心を訓練することが少ない現代。

修徳を心掛けることが必要な時代になったのかもしれない。

心学は「自分の心が自分を創る」のが基本。

宗教ではなく、心の「仁徳学」です。

自分の心を修養し、心安定した自分創りをしたいものです。

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posted by 純庵 at 04:37| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする