2015年12月31日

一年 

一年

一年の長さは年齢を増すごとに速くなる。

若い頃、歳月の流れは遅いと思っていたが、

歳を追う度に、その流れは光陰の如くである。

記憶の量も増え、徐々に物事も憶え難くなる。

それは人生の為すべきことを成す為に、

余計な事をさせない、憶えさせない、言動を控えさせること、

自分を研ぎ澄ませようとしているのではないか。

自分自身の一生を通して、

自分の為すべきこと、社会に対して為すべきこと、

人生において「為すべきことを成す」ことを気付かせるのだろう。

別に「為すべきことを成す」をせずとも良いが、

それを見出し、それに向かうことで有意義な人生になるのでは。

一生通して、艱難辛苦や喜怒哀楽は止めることなく、

自分自を身磨く為に何度も訪れる。

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posted by 純庵 at 04:48| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

空気と水 

空気と水

地上に生きる動植物には空気が必要。

しかし、水の中に居る魚たちが水の必要性を感じているだろうか。

水があって当たり前のことと思っているだろう。

地上の生きる動植物も必要性より当たり前と思っているはず。

人間も同じこと。

空気の必要性や感謝の思いがあるだろうか。

生きる原点である空気は多少汚れても平気な現在。

もし空気が汚染され続けていれば、

人間の身体にも、動植物にも悪影響を与える。

見えないもの、感じないもの、身近にあるものに対して、

意外と気付くことがなく、感謝の思いも少ない。

人間関係にも空気や水のような存在の人も居る。

感謝はそのように見えない、気付かない人間にこそ、

大いにすべきであろう。

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2015年12月29日

上下

上下 

社会には多くの身分がある。

学校、会社、組織、地域、政治など、

身分や位によって上下の差が生じ、

下の者は上に従わなければならない。

しかし、この上下の人間がそれぞれの人格があるかと言えば、

そうでない方が多いかもしれない。

上の者が仁徳に欠け、その言動が下の者に悪影響を及ぼす。

また下の者が仁徳に欠け、その言動が上の者に従わない。

上下とも人間としての仁徳を要する。

大同という理想社会は文字だけではなく、

真に大同社会を創るならば、仁徳教育が必要。

これは別に学校教育だけではなく、

会社における経営者、管理者、社員に必要。

教育の基本である「徳・仁・義・礼・智・信」こそが大同の基本。

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2015年12月28日



恕 じょ(己が欲せざるところ、人に施すなかれ)

自分がされて嫌なことは、人にしてはならない。

古代より多くの聖人や偉人が伝えていた。

しかし、いつまで経っても、恕の心を持てない人間が多い。

これはその本人が悪いのではなく、

恕の心を教える場を得ることが出来なかったのである。

教育の基本でもある「仁徳」の心。

決して古い言葉ではなく、永遠の心であり、

人間として学ぶべきことである。

仁、相手の立場や環境を想い、人を慈しむ心。

徳、常に謙虚で礼節を重んじ、人の嫌がることをしない心。

幼き頃より仁徳を学ぶ機会があれば、

その後、人間性は大きく変わるだろう。

教育は勉学、学問でもあるが、人間性教育である。

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2015年12月27日

誹謗中傷 

誹謗中傷   

誹謗中傷する人間ほど、その事柄を十分に確認せず、

好き勝手に言動する。

真実を確かめれば、嘘や噂が作り難いからである。

仁徳に欠ける人間ほど「悪口、嘘」が多く、

他人の事を批判や批難する。

しかし、周囲の人間はそれを信じることなく、

逆に「人徳の低さ」を自分自身が広めている。

人間、誰しも人の事は言い易い。

その時こそ、自分の人徳が露わになるので、

普段から「自分が持つ言葉の質量」を確かめる必要がある。

あなたの言葉はあなたの心にあり、

その言葉を創ったのはあなたの心。

過去の人生、今の人生、未来の人生はすべて、

あなたの心にあることを忘れずに。

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2015年12月26日

ほどほど 

ほどほど  

何事もほどほどに行う。

飲食や娯楽はほどほどにしないと、

自分の心身が疲れるだけである。

大きな瓶や壺に水を入れ、それを抱えて歩くようなもの。

重いし、歩く度に水はこぼれ、自分の衣が濡れ、周囲も汚れる。

満つれば欠ける。

天地自然の万法はそれを教える。

満つる前に止める。

その手前で止める勇気は、自分自身の先を読む力が必要。

自分の悪習慣は自分が創り出したもの。

それの増減も自分の心が管理する。

何事もほどほどの心があれば、

心身に余計な疲労させることはない。

自分自身の「ほどほど」を心得ていますか。

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2015年12月25日

利と義 

利と義  

義は「守るべきことは守る」のも意味する。

約束したことは実行すること。

守るべきことを守らないのが不義。

不義の人間ほど「口も上手い」。

初め好感は持てるが、徐々に内面が観えて来る。

そのような人間は交流を避けられ、

自分自身に利が届かなくなる。

調子が良い分「好感」を持てるが、

その後、周囲の人間は離れて行く。

結局、自分自身に利が廻らなくなる。

財産や商才以前にこの「義」を守ることに専念すべきである。

義は自分の社会に与える信用度でもある。

「守るべきことは守る」「果たすべきことは果たす」

義という徳を蔑ろにしてはいけない。

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2015年12月24日

仁徳の商い 

仁徳の商い  

商いに仁徳の心が欠けると、商いは長続きしない。

それは商いの原点である「つくる人、売る人、買う人」の利を無視し、

自利だけを貪るからである。

つくる人たちを大事に思い、利益を十分に与え、

さらに良いものをつくっていただく「仁」の心が必要。

買う人が適正価格で買えて、満足出来るようにし、

さらに次の購入をいただく「仁」の心が必要。

売る人はそのつくる人、買う人の利を考え、

社会の貢献出来る商いを継続し、

その商いに携わる人たちにも給与を十分に与える「徳」の心が必要。

今では「仁徳の商い」など死語に近い言葉になったが、

歴史を振り返れば商いで成功した人間は、

この仁徳をいつも心掛けていた。

理想論と批判する人にこそ、「徳・仁・義・礼・智・信」が必要。

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2015年12月23日

発想 

発想 

自分自身が思い付いた発想は、実現可能である。

例えば、ここに畑をつくり、作物を植えようと思えば、

後は実行するだけであるが、現実は進まない。

発想以降の実現する力やその為の継続力に欠ける。

せっかく良い発想も、自分自身がつぶしてしまう。

物事が上手く行かない人間は、この実行力や継続力に欠け、

途中で投げ捨てにしてしまう。

また、良い発想はするが、その後の力がない為に実らない。

畑を耕し、種を蒔くが、その後手入れもしない、水も蒔かない。

結局、種は芽を出しても後は枯れてしまう。

漢字に「実」「果」が付く言葉が多いのは、

人生を「農業」に例えていることを教えている。

現実、結果、成果、実行、実際、実現、実践、事実、真実など、

数多くあるが、自分自身を判断して、自分の「果実」を考えよう。

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2015年12月22日

修己 

修己  

修己、己を修める。

死語に近い言葉となっているが、

自分の迷いや不安を消してくれる人生の妙術である。

人間、誰しも迷いや不安を起こし易い。

また、他人を恨み、僻み、妬み、恨むこともある。

心で起きたそれらの感情を消すのは、

常に「自分自身を修める」言葉である。

心で起きた感情を、心で消し、感情を持っても、

出来るだけそれを追い掛けないように、

自分自身に言い聞かせる。

他人が気付かない小さな感情は、

自分が心の中で消すように言い続ける。

浮かんでも追い掛けない力を付ける。

自分の悩み、不安は自分が創っているので、自分自身で消すこと。

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posted by 純庵 at 06:56| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする