2016年01月31日

心の文字 

心の文字  

常に自分の心に「心の文字」を書く。

ゆっくり心に字を書く。

自分が為すべきことを心に書く。

忘れてならない「為すべきこと」の心。

日々、心に書き、心に置く。

消えないように書き続ける。

いつでもどこでも出来る「心書」。

しかし、この「心書」を続けることは、

自分との闘いであり、自分自身である為の修徳。

心に書いた字はやがて自分自身を創り、

自分という人格を成していく。

心に悪い字を書けば、悪い人生に。

心に善い字を書けば、善い人生に。

日々、何かを書いている自分の心。

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posted by 純庵 at 07:15| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月30日

仁の行い

仁の行い 

自分と人。

互いに活かし合いながら生きている。

知らない人間からも大いなる恩恵を受けている。

決して一人では生きていけない。

身内、知人、他人など数え切れない多くの人間から、

自分は活かされ生きている。

多くの恩恵を受けながら、

自分以外の人間を傷付けることは不徳。

常に「相手を思いやる」「相手を慈しむ」の心。

その心が「仁」である。

自分の言動に「仁」の心があるのか、

人に迷惑を掛けていないのか、

我が強く、他人の嫌がることをしていないのか、

心に仁を置き、仁の行いをする修徳が必要。

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2016年01月29日

人 

自分が思ったほど人は動かない。

自分では行ったつもりでも、

相手が動くまでにはいかない。

例えば、会社や組織でも思うように人は動かない。

この時に人の所為にするか、

自分を省みるのかで大きな違いがある。

人の所為にする人間はいつまで経っても、

思うほど人は動かない。

しかし、自分を省みて、何が足りないのか、

何を工夫すれば良いのか、常に考え、

他人の所為にしない人間は伸びる。

動かないのは自分を鍛え、向上心を与える為、

天地自然の万法は常に自分に試練という恵みを与える。

動かないのは自分への気づきと自分の修徳の為。

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2016年01月28日

慌てる

慌てる 

心が荒れる。

慌てれば心が荒れる。

普段出来ることが心の変化によって、

間違いや困難になる時がある。

人生、生きていれば慌てる時も多々ある。

その時こそ、人間性が観える。

慌てる原因をどこに見つけるのか、

他人の所為にするか、自分を戒めるか。

その人間の言動を観れば、心の資質が観える。

常に自分は人から観られていることを心して、

言動を考えるべきである。

仁徳の基本言動である「間」を置き、

慌てずに言動する。

その訓練を普段から修める習慣を身に付けよう。

心学ブログ http://wanokuni-singaku.seesaa.net/ 

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2016年01月27日

期待 

期待

自分への期待、身内への期待、他人への期待。

この期待もほどほどにしないと、

外れた場合の失意が自分の心を苦しめる。

自分への期待が外れた場合は、

自分自身のごまかしは効くが、

身内や他人への期待が外れた場合、

人間関係に問題を生じることもある。

期待は自分の心に置く質量で決まる。

満点の期待ではなく、半分程度で良い。

実った時こそ大いに歓喜すべきであろう。

期待は大事な「思い」ではあるが、

人の心を傷付ける刃でもある。

何事もほどほどの心や思いが大事。

相手を慈しむ「仁」の心を持とう。

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2016年01月26日

時間 

時間

何事も成すまで時間が掛かる。

昨日植えた種が翌日に芽を出すことはない。

まして、花や実などより時間を要する。

大樹ともなれば永い年月を経る。

松や杉、欅や楠も同じように太い幹になるまで、

相当な時間を経ることになる。

しかも大樹や巨木ほど花は小さく目立つことはない。

発想はまだ種、実践は芽、継続が花、実が成功。

小さい草花は成長が早い。

しかし、草や小樹は速く育つが枯れるのも早い。

自分の人生、どのような樹木を育てるのかは、

自分の心が決め、それぞれ大小の樹木を育てる。

心に思い浮かべる「人生の花」を実現化する為にも、

普段、自分の心を観る、省みる、決意を固めることが肝要。

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2016年01月25日

仁 

仁 

仁の心を失うと、相手を蔑ろにする。

悪口を平気で言ったり、誹謗中傷を言ったり、

妬み、僻み、恨みの悪徳を持つ。

仁とは「人を慈しむ心」

「人に嫌な思いをさせない心」

「人に迷惑を掛けない心」

仁とは人間として当たり前の心であるが、

それが出来ない為に修徳が必要。

徳とは「仁・義・礼・智・信」の心を持ち、

それに沿った言動を伴うことである。

仁が欠けた人間の言動は荒く、

人を平気で傷付ける。

普段、仁などの徳心を考えることがなくなった現代。

今だからこそ「徳・仁・義・礼・智・信」が必要であろう。

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2016年01月24日

多少 

多少

多い少ないはよくあること。

良い事が多い少ないは自分が蒔いた心の種に因る。

菜園で蒔く種と栽培する努力で収穫は異なる。

種が少なければ収穫も少ない。

種が多ければ収穫も多い。

しかし、多くの種を蒔いても、

育てる努力をしなければ、途中で枯れる。

素直に行えば、その成果は比例する。

でも、世間は必ず比例するとは限らない。

自分が望むこと、為すべきことは、

心に蒔いた種と努力の継続によって、

結果や成果が異なる。

人は人生の種、仕事の種、多くの種を蒔きながら生きている。

これからも蒔く心の種を考えよう。

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2016年01月23日

満開 

満開 

満開の花々は実に美しい。

しかし、満開後の姿は「散る」である。

散るも美しいが、満開時に比べれば劣る。

樹木そのものに変わりはないが、

表面の姿で人は判断してしまう。

人間は表面を見易く、その陰を見ることは少ない。

樹木も人間も同じように陰陽の姿を持つ。

陰陽それぞれが本体であり、別のものではない。

成功している時、幸福な時、失敗した時、不幸な時、

人生の陰陽は同じ人間の姿である。

人を観る時は陰陽の双方を観て、

偏った考えや印象を持たないことである。

もし、自分が観られるよう立場なら気分を害するだろう。

恕 じょ(己が欲せざるところを人に施すなかれ)である。

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2016年01月22日

生意気 

生意気  

世間で云う「生意気」な人間。

言動が他人から観れば「生意気」に感じる。

心の弱い人間や劣等感の強い人間は生意気に成り易い。

自分自身で弱い、劣っていることを感じ、

それを他人から観られたくない為に、

強い態度に出てしまう。

そのような状態でありながら、心が落ち着くことはない。

自分自身にもっと素直ならば、

虚栄を張ることもなく、飾ることもないはず。

人間、誰しも弱いところはあり、

それを克服し、他人に迷惑を掛けること生きている。

生意気な言動は自分の心が休まることはない。

強く見せなくとも良いのです。

素直な自分が、自分自身なのですから。

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posted by 純庵 at 05:04| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする