2016年03月31日

礼節 

礼節  

礼節に欠ける人間の言動は荒い。

節を持つ竹は中が空洞。

竹はしなやかであるが、折れることは少ない。

空洞でも節がある為に折れ難い。

人間の理想はまさに竹の如くである。

節の字は人間の生きる道を教えてくれる。

礼節、節度、節約など節が付く漢字は多い。

また神仏などの儀式や行事、

アジア各国の伝統文化にも使われる。

「竹の構造」は理想の相(すがた)。

地下茎でつながる竹、株状でつながる竹、

単独よりも組織を以って成り立つ竹群。

社会そのものを教えてもいる竹の魅力は素晴らしい。

たまには竹林を観に行こう。

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posted by 純庵 at 07:03| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

心を拭く 

心を拭く 

自分を見る鏡が曇っていたり、汚れたりしていれば、

拭いて綺麗にするのは当たり前。

眼鏡も曇っていたり、汚れたりしていれば、

拭いて綺麗にして見易くするのは当たり前。

しかし、性格によっては拭かない面倒臭がりの人間もいる。

自分自身を磨かない人間は、曇ったまま、汚れたままで、

人生を過ごすことになる。

人間、生きていれば汚れるのは当たり前。

高徳の人間でさえ、生きていれば汚れることもある。

汚れてもすぐ拭くことを忘れないのが高徳の人間。

拭かずにそのままで平気でいる人間こそ修徳が必要。

如何なるものも汚れ、埃も溜まり、曇ったりもする。

拭くか拭かないは自分自身の心。

しかし、その汚れは他人から観ればわかる。

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posted by 純庵 at 07:09| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月29日

消える 

消える

いつか自分の存在も消える。

100年前に人生を謳歌した人間もすべて消えた。

歴史の英雄たちもすべて消えた。

やがて悩み苦しんだ自分自身も消える。

幸福の絶頂だった自分自身も消える。

如何なる人生を歩もうとも消える自分。

今の瞬間さえ消える。

心の中にある「自分」は時間を超越して、

過去、現在、そして未来に生きられる。

しかし、それは心の中にしか自分はいない。

心で思うことが自分の人生を創り、

過去と今を創って来た。

明日の自分はわからないが、

「明日も生きる自分の心」だけが、

生きている自分自身である。

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posted by 純庵 at 06:34| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

元気 

元気

人間、生まれた時には生きる力である「気」を持っている。

この気が死ぬまで「生きて活きる力」を保ち、

自分の人生を創っていく。

人生を歩む人によって、気が大きく変化し、多様な「気」を創る。

気が付く言葉が多いのは、

人生には数多くの「気」が生まれるからである。

試しに「気」が付く漢字を書いてみれば良い。

その中で自分自身に合う「気」の字を探せば、

自分という人間が観えて来る。

天地自然の万法が持つ「気」は人間ばかりではなく、

動植物すべてが持ち、天地気候もこの気を持つ。

気は一定ではなく、常に変化するものであり、

自分の気も変化し、人生をも形成していく。

日々、自分自身の気を観る力を付け、元気な人生を創ろう。

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2016年03月27日

憎しみ 

憎しみ

憎しみは「心に曽」と書く。

曽とは永いという意味。

曾祖父や曽孫などがあり、

永い関係などを意味する字。

人を憎めば、その憎しみは自分の心に永く残り、

いつまでも自分を苦しめる原因になる。

人を憎む心は人間であれば誰しも起きる。

赦せない憎しみもあるだろうが、

それらを薄くする、消すのは自分自身の心。

自分を愛する気持ちがあるならば、

憎しみなどの憎悪心を消す修徳に心掛ける。

すぐには出来ないだろうが、これも修養の一つ。

執着は自分を苦しめるだけ。

憎しみは憎しみで仕方はないが、時が経てば消える仁徳を修めよう。

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2016年03月26日

心 



心には多くの荷物がある。

重い荷物、軽い荷物、大きい荷物、小さい荷物。

それぞれを背負って人生の道を歩む。

その荷物には役立つ物が入っていれば、無駄な荷物もある。

それらは天から降って来た物ではなく、自らが心に置いた物。

入れ替えをしたり、永久に保存したり、

その処理は自分自身で考えている。

大きく重い荷物はやがて人生を疲れさせるが、

荷物の中身が人生にとって役立つ物であれば、

心の災いや病の時に自分自身を助ける。

常に自分が持つ「心の荷物」を考え、

保存、入れ替え、捨てることを止むことのないようにしよう。

一生背負う「心の荷物」は自分でなければわからない。

背負うのはあなた自身、それを創るのもあなた自身。

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2016年03月25日

愚痴 

愚痴

生きていれば愚痴の一つも言いたいもの。

如何なる人間でも愚痴はある。

心に溜まった愚痴を溢すか否かは、

心の器が大きいのか小さいので、

溢す質量が異なる。

心の器が小さい人間は溢し易く、

人に掛けてしまうことが多い。

心の器が大きい人間は溢すことなく、

他人に掛けることもない。

愚痴を溢してばかりいる人間は、

心の器が小さいと思えば良い。

心の大小や資質は自分で変えられる。

その変えるのが修徳である。

心学に励み、自分自身の心を大きく強く創ろう。

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2016年03月24日

評価 

評価  

自然界に存在するものは、何かの役目を持っている。

存在にも多々あり、善の存在、悪の存在がある。

人間の存在にも善悪はある。

しかし、この善悪は人によって、

善であったり、悪であったりする。

善と思うことが自分にとっては悪になり、

悪と思うことが自分にとっては善になることも。

心がそれぞれを見分け、他人と違う価値観を生む。

口で評価するのは簡単かもしれない。

ただ、この評価は絶対ではなく相対である。

言葉はこの評価を固めてしまうこともあるので、

仁の心を以って言葉や文章を考慮しなければならない。

仁は人を思いやる心、慈しむ心である。

余計な評価で相手を決めつけない仁徳を修めたい。

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posted by 純庵 at 06:44| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月23日

言葉の間 

言葉の間

人の言動を批判する前に、

その内容を考える仁徳が必要。

面白半分で言っても、

相手にとっては心痛む内容かもしれない。

言葉を吟味しない人間は、

自分が思ったことを「間」を置かずに話す悪癖がある。

言った言葉は取り消すことが出来ない。

言葉には責任があり、多くの影響を与える。

言葉は人格を表し、その人間性を観ることが出来る。

本人では気が付かない言葉はその人間そのものである。

会話に必要な事は「間」である。

間を置いた会話の訓練をして、

仁の心を以って、相手に良い言葉を伝え、

互いの徳を高めたいものである。

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posted by 純庵 at 06:26| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

言葉 

言葉

言葉は人格を表す。

暴言や悪口を言う人間の心は、いつも荒れ果てている。

また暴言や悪口を言うことによって、

自分自身の心が落ち着く。

この心の病に罹ると、奇妙な心理に陥る。

本来ならば言うべき言葉ではないと思う善の意識が、

いつの間にか消え、言うことに快楽を感じる。

しかし、そのことによって周囲の人間から、

自分に対しての評価が悪いことに気付く。

それが自分によって気分が良くない為に、

更なる悪意を生んでしまう。

これらの心の病を治すには相当の時間を要する。

人間関係で痛い目に遭っても平気でいる人間が多い。

自分自身で気付き、人格を変える修徳を期待するしかない。

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posted by 純庵 at 04:53| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする