2016年04月30日

慎む 

慎む  

言動を慎めば自分を含め他人を傷つけることはない。

思うことを言動に移したい気持ちは分かるが、

その言動によって他人がどのように思うのか、

しばし考えてから言動に移す必要がある。

この「しばし」を「間」と云う。

「間」を取ることを意識しない人間は、

これまでの言動で自分や他人を傷つけて来たかもしれない。

言動を慎む術(すべ)はまずは「間」を取ること。

自分が言いたいことと、話すべきことは異なる。

その必要性と相手を思う気持ちを判断する「間」が必要。

慎むの「慎」は「心の真」と書く。

言動の中に「仁徳」と云う「心の真」があるのかを判断する。

その後、相手を諭すように言動を取る。

人を思いやる心が「仁」であり、その道を歩くのが「徳」である。

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posted by 純庵 at 04:52| Comment(1) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月29日

倹約 

倹約  

普段の生活に倹約を心掛けることは大事。

倹約の基本は「知足」。

「足るを知る」の心は物欲を抑える心。

「まだ使える」「工夫をする」「節約」の知恵が働く。

この知恵は人生において多くの冨を与える。

無駄を防ぐことで余計な金銭や時間を使わずに済む。

普段から質素倹約の心を以ってすれば、

無駄を省き、余計な出費を抑え、

使わずに済む金銭と時間が残る。

金銭や時間に余裕があれば浪費もしたくなる。

この浪費を抑えるのが倹約の心。

金銭や時間に余裕ない方が良い場合もあるが、

余裕のない人間が逆に余裕が出来ると無駄な浪費をする。

余裕の有無ではなく、常に質素倹約を務めよう。

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posted by 純庵 at 05:23| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月28日

仁 

仁  

人の喜びを否定や批判する人間は仁の心に欠ける。

人はそれぞれに生き方、楽しみ方、悲しみ方があり、

一定ではなく、各自の心の置き方にある。

仁の心はそれぞれに人が持つ喜怒哀楽を否定することなく、

人を慈しみ、人を認め、人を励まし、共に生きることである。

貶すことなく、僻むことなく、妬むことなく、恨むことなく、

人の心を大事にする仁徳は、

生きる道を豊かにしてくれる。

出来ない、志さない人ほど「難しい」と

判断や批判をして、出来ない言い訳を創る。

初めから容易に出来るわけではない。

蒔いた種はすぐに花は咲かない、実を結ぶこともない。

仁徳への道は時間と心力を要する。

まぁ、気張らず素直に生き続けよう。

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posted by 純庵 at 05:30| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月27日

過去 

過去  

自分の過去を観れば未来の自分が観える。

現在の自分は過去の自分が創って来た。

過去に思ったことは種となり、花を咲かせ、

実となって現れて来た。

現実の由縁であり、人生も天地自然の万法に従っている。

過去と現在に思ったことが、

否定をして摘み取らない限り、

それは育ち、現実の姿として現れて来る。

急に変えようとしても育った樹木は変わらない。

自分の心が自分の人生を創ると云う心学の基本は、

心の持ちようは自分の心一つと云うことである。

心が心を育て、人生と自分を創っていく。

過去に思ったことが人生や自分を創って来た。

今思う現在の心は明日の人生と自分を創る。

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posted by 純庵 at 04:57| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

執着

執着  

名誉や地位、財産などは悪いことではない。

その人間が成して来た結果でもある。

しかし、それに囚われ、常に執着する我欲が、

自分自身を苦しめる原因になる。

一度掴んだ名誉や財産にしがみつき、

常に手放さない執着に囚われる。

そこまで築いて来た年数や努力、

今の位置も大事であるが、

自分自身の心を苦しめそうな原因を防ぐことも大事。

重き荷物を背負い続けるのも疲れる。

荷物の中に最低必要なものがあれば生きていける。

切り捨てることは大変難しいこと。

心の病になる原因を防ぐようにすれば良い。

古代より続く「執着」からの脱却は今も続く心の修行。

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posted by 純庵 at 05:28| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月25日

淡白

淡泊  

人生、淡白なほど心身に良いが、

淡白を目指すほど人間の我欲が邪魔をする。

一度濃厚な味を占めると、淡白に戻すのは大変。

しかし、いつまでも濃厚な人生を続けると、

心身に支障を来す。

そのことを知っていながら出来ないのが人間である。

出来るだけ淡白になれる為に、

心の強さが必要である。

普段から自分自身に言い続け、自分を鍛える。

初めはなかなか出来ないが、

継続することによって力が付く。

植物の種が蒔かれ、成長すると同じで、

育つまで時間と手入れを要する。

すぐには出来ない心の修養でもある。

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2016年04月24日

三角 

三角  

三角の図形は正三角形と逆三角形がある。

図形としては正三角形が安定している。

自分の心がどのような三角形になっているのか。

基本と云う土台がしっかりとして揺れることのない形なのか。

頭が大きく土台の面積が少なければ倒れ易い。

頭でっかちと云われる人間がつまずき易いと同じ。

まずは人間としての「心の土台」をしっかり築く。

底辺と土台が大きくなれば、高さも同じように伸びる。

多くのことを学び、心に重しの如く置き、

心揺れない自分自身創りをする。

丸・三角・四角・台形などが人生の図形になる。

たまには図形を自分に当てはめてみることも大事。

人生には多くの図形が入れ替わりにやって来る。

それぞれが自分を正すべき図形である。

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posted by 純庵 at 05:33| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

学ぶ

学ぶ  

見聞を広め、多くのことを学ぶ。

それによって知らないことを知る。

知ることは多くの知恵を生む。

知恵は生きる力となり、

人生の迷いや心配も減る。

未来の道を知ることが出来れば無駄は防げる。

自分が知らないことを学ぶ、

年齢や老若、学歴や経験を気にせず、

自分にとって必要なことを学ぶ習慣をつけ、

人生の道を楽しく歩む。

自分の学びは強制でもなく義務でもない。

自分が必要と感じた「学ぶ」を探す。

人に聴いたり、書を求めたりして、

自分自身の修学に励もうではないか。

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posted by 純庵 at 04:35| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

人に求めない

人に求めない  

心の器が小さく、仁徳に欠ける人間は、

何事にも責任を人に求める。

「徳・仁・義・礼・智・信」を修めている人間は、

心の器が大きく仁徳も高く、

何事も責任を自分に求める。

責任転換をし易い人間は、

自分が出来ない理由を隠す言い訳も上手い。

それで通用する生き方をしている為に、

いつまでも責任を人に求める。

しかし、心の器が小さい為に、

隠した言い訳が器からこぼれる。

こぼれた言い訳が他人に知れ、

本人の仁徳低さが暴かれてしまう。

自分の責任は自分の片づけることが「徳と義」です。

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2016年04月21日

誠実 

誠実  

言動が実に成ることが誠実の意味。

言動に誠実さがない人間は、心の力が弱い。

心の中で思うことが実るのか否かは、

心で思ったことが言動になり、まずは種になる。

その種が成長して実ることに因る。

誠実でない人間は心の種を蒔く意志もなく、

それを育てることもない。

ただ口で言うだけか、行動も中途半端である。

人生や仕事、人間性も誠実さを必要とする。

自分自身の誠実さを計るのは、

過去の自分が成して来た項目を確かめれば良い。

自分自身に誠実か、他人に対して誠実なのか、

過去の自分は未来の自分でもある。

誠実さは人間の徳性を観られるので要注意。

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posted by 純庵 at 05:10| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする