2016年07月31日

問題 

問題  

人生には多くの問題が起きる。

しかし、この問題は自分自身の心に合わせた問題であり、

自分の人生上や環境に合わせた問題である。

突発的な天変地異などの問題ではなく、

人生上に起きる問題は、どこかにその問題の種がある。

その種が知らずに成長し、芽を出し始める。

どの時点でその問題に気が付くのか、

芽、花、果実、いつの時点かで問題の質量が異なる。

普段から自分自身を観る力に欠けると、

問題は大きくなって表れて来る。

世間を通した自分、自分を通した世間、

あらゆる角度から常に自分自身を観る習性は、

多々の問題を解決し易くする善癖。

自分自身の心を観ることは、自分を学ぶことである。

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posted by 純庵 at 05:42| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月30日

勇気

勇気  

一番必要な勇気は、「怖いもの知らず」や「危険なこと」、

「無謀な冒険」をすることではない。

自分自身の過ちを直すことが出来る力を持つこと。

自分自身を変えられない、自分を正すことが出来ない、

自分の間違いを認めない人間は、

心の勇気がなく、いつも出来ない言い訳を創っている。

この勇気は対外的な勇気ではなく、

他人から観えない勇気である。

観えないから他人の目はごまかし易い。

しかし、それを一番観ているのは「自分の心」である。

「心の眼」は常に正直で、自分自身をすべて知っている。

すべては知らないと言う人間もいるが、

真の自分自身は「心の眼」で自分を観ている。

自分とは「真の自分」と「もう一人の自分」に分かれている。

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2016年07月29日

道 

道  

人間、生まれた時にはそれぞれ真っ直ぐな道だった。

しかし、この道が曲がったり歪んだりすることもある。

この道を自分で曲げる人間もあれば、

環境が道を歪ませてしまう場合もある。 

その道を正しくするのは、

自分自身の気付きか教育である。

その双方が整えば、道に迷うことはないだろうが、

それでも人間、時に道を迷う場合もあるだろう。

普段、自分自身との対話が少ない人間は、

その道全体を観ることが少ない。

未来の道を創るには、まず過去の道を振り返る。

過去の道が曲がっているのか、真っ直ぐなのかは、

過去の自分自身を観ればわかる。

道が曲がっていれば、人生の目標地点に到達し難い。

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2016年07月28日

欠点 

欠点  

他人の欠点を探す人間は多く、

欠点を探しては自慢気に吹聴する。

他人の欠点を探し吹聴しても仁徳を積めるわけではない。

ところが自分の欠点を探す人間は、

自分が直し修めるべきことに気付くので、

仁徳を積めることは出来る。

人間、誰しも欠点はある。

普段の生活では自分自身の欠点は気付き難い。

人生の中での失敗や不幸になった時、

自分自身の欠点に気付く。

気付いても自分をごまかす人間、

欠点を直す人間と分かれる。

他人の欠点を探すより、まずは自分の欠点を探し、

失敗や不幸にならないように心を観ることが肝要。

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2016年07月27日

過失 

過失  

過去に起きた失敗が過失。

失敗に善悪の区別はない。

良いと思い言動したことが、失敗になったこと。

悪意の言動が自分にとっては成功だったりする。

ただ、他人の過失を他言するのは仁に欠ける。

生きていれば誰しも過失はある。

その経緯を観て、聴いて、

仁の心なく吹聴するのは良くない。

他人に吹聴するのではなく、

その本人に助言や忠言するなら仁。

面白可笑しく吹聴するのは不徳。

もし、自分の過失が他で噂されていたら、

良い気分はしないはず、これが恕(じょ)の心。

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2016年07月26日

言葉

言葉 

言葉はそれぞれ人によって異なる。

特に言葉の速度はその人の心を表す。

言葉数が多く、早口の人間は、

内容が良くとも聞いている人間にとっては、

聞き取り難く、内容も掴み難い。

伝えたい気持ちは分かるが、心に仁が欠け、

相手が理解出来るのかを考えず、

自分の伝えたいことに専念してしまう。

仁の言葉は相手が聴き易く、理解し易い内容、

相手の年齢や知識に合わせた内容を、

間を置きながら、ゆっくりと話すことである。

自分の言葉は相手が理解してこそ、

自分の心や思いが伝わる。

言葉数を少なくしても内容が伝わる「仁の会話」を心得よう。

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2016年07月25日

妬む 

妬む 

人の幸福や成功を妬む。

特に自分が嫌いな人間ほど、

幸福や成功を妬みたくなる。

自分の心で妬むだけなら、まだ良いが、

その妬みが誹謗中傷となって世間に流す。

人間として「仁」の心に欠け、

道徳の基本である恕(じょ)の心を持たない。

恕(己が欲せざるところ 人に施すなかれ)。

自分がされて嫌なことは他人にしてはならない徳の基。

人間ならば人を妬む時は多少ある。

しかし、それが悪癖になると、人生は苦しくなる。

なぜなら人生を豊かにするのは自分ではなく、

他人の「信」に因って成り立つものである。

妬んでも悪癖にならないように心を監視すること。

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2016年07月24日

仁の力 

仁の力

言葉ではわかっていると言っても、

いざ、自分が不利な状態になれば、

心が慌て揺らぎ、人よりも自分が先になる。

人間ならば自分自身を優先するのは当たり前。

もし、それ以上自分が恵まれた人間関係を望むならば、

我も優先、それ以上に他人を優先する「最高の仁」を、

心得れば、素晴らしい人生と豊かな人間関係が得られる。

それが自分へ最高の利となる。

人を優先にすれば、最後はその利は自分に返って来る

ただし、それを意識せずに見返りなき「尽の仁」であること。

その「尽の仁」は人生に豊かさと福を与える。

豊かさや福とは「心の迷い」「心の不安」がない心と生活。

それを理想と言って逃げず、一歩でも良いから前に進もう。

自分の願いが自分の人生を創って行く。

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2016年07月23日

自分の仁 

自分の仁 

自分の心を観て、自分の仁を調べる。

人の悪口を言っていないか。

人の成功を僻(ひが)んではいないか。

人の成功を貶していないか。

人の噂を流してはいないか。

余計な事を言っていないか。

日々、自分自身の心を観て、

自分が持つ仁の質量を観ることは大事。

上記の事を出来るだけ避ければ、

自ずと仁徳は高まる。

その為にも自分の心を観て、書いて、語ることが肝要。

仁は無形で観えないものであるが、

心を通し現実となって人生と対人関係を創る。

仁の心を実践する徳が、自分の心を安定させる。

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2016年07月22日

自分の器 

自分の器 

人間、各自の器はそれぞれに異なる。

大小に差はなく、その用途が異なるだけ。

壺は盃にはならない、盃は壺にはならない。

持って生まれた「心の器」はそれぞれに異なり、

批するものではない。

心の質量に合った器になっている。

自分自身が持つ器に合った用途であれば、

間違いや失敗することはない。

また、その器の中に「徳・仁・義・礼・智・信」が、

仕込まれていれば、他人との衝突は少ない。

ただ、自分自身の器が持つ質量を知らずして、

自分に合わない言動を起こし、

他人に迷惑を掛けることもしばしばある。

まずは心の器を観て、無理のない言動を心掛けること。

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posted by 純庵 at 04:34| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする