2016年10月31日

苦しみ 

苦しみ

貪欲と不和と愚行が苦しみになる。

人生には多くの苦しみになる原因がある。

その中でも貪欲は自分で自分自身を苦しめる。

限度を知らぬ貪欲は自分自身を破滅に誘い込む。

その原因は自分の心にある。

止めどもない欲望を抑えることも出来ず、

他人や周囲に迷惑を掛けてでもしがみつく。

この迷惑が他人との不和を招き、

周囲は人間関係に距離を置く。

当人はその距離を縮める為、愚行に及ぶ。

自分の心が持つ質量や金銭、健康、人間関係など、

自分自身を知る為には、常に心を観て、心を書いて、

いつでも自分を省みることが大事。

自分が欲しいと思うことと必要とは異なる。

必要なことは大いにすべし、欲しいことはしばし抑えるのが肝要。

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2016年10月30日

自己

自己

自分とは自ら分かれている「真己」と「偽己」の二人。

真己は本来の己、偽己はもう一人の己。

この二人の会話によって人生が創られている。

時に偽己が強くなり、心が迷い、心が荒れ、己や他人を傷付ける。

また、真己が己自身を勇気づけ、新たな人生を踏み出すことがある。

偽己が真己と入れ替わり、どちらが本当の己が判断出来なくなる。

自己が真己である為には、普段からの修徳が必要。

その会話になる舞台が心。

常に心を観て、双方の優劣を見極める。

生涯止むことのない心の会話。

悩みなき人生などはないだろう。

でも、出来れば真己の勝率を高めたい。

その為にも心の仁を高めよう。

自分の心を観る、自分の心を書く、自分の心を語り実践する。

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2016年10月29日

仁を思う 

仁を思う 

普段、あまり考えない仁。

しかし、人間が生きていく中で、

この仁がどれほど人間関係を円滑にしているのか、

顧みる人は少ない。

お世話になっている、お世話をさせていただいている。

相手に尽くす、尽くされる、労わる、慰める、

施しを受ける、施しを与える、奉仕をする、奉仕を受ける。

すべて仁の心から発する。

自分の仁、周囲の仁を観て、その質量を知ることは大事。

仁が欠けると争いや、恨み、妬み、僻み、誹謗中傷が始まり、

互いの心が荒れ始める。

そこには心の安らぎはなく、他人の言動が気になり、心の病に陥る。

常に相手を思いやる心が人生に平安を与え、

心が軽くなり、人生が楽しくなる。

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2016年10月28日

類友 

類友

人を観るなら友を観よ。

古より云われている言葉。

悪深き人間には悪深き人間が集まり、更に悪を深める。

徳高き人間には徳高き人間が集まり、更に徳を高める。

では、自分の友人にはどのような人格の人間が多いですか。

悪深き人間は徳高き人間が目障りで、誹謗中傷、妬みや僻みを、

撒き散らし、少しでも同じ位置に引っ張ろうと画策する。

徳高き人間は仁の心を以って接する為に、

立腹することなく、悪深き人間を哀れる。

怨みの心を持つことなく、仕返しすることなく、

仁慈の心で安定している。

何事も他人の存在は心の栄養。

悪深きであろうと、決して同じような感情を持ってはいけない。

人間、誰しも持つ感情だが、

それを仁の心で自分自身を抑えるのが徳。

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2016年10月27日

欲 



人間として生きる為には「欲」という力が必要である。

欲の中には「生命の欲」である「睡眠」「飲食」などがある。

心から欲する事象もある。

周囲に迷惑を掛けることがない「善欲」は自分自身を成長させる。

周囲に迷惑を掛ける「悪欲」は自分自身の成長を止める。

心の中で発生する「善悪」、

これらを心から出すか否かは、自分自身の心次第。

仁の力が強くれば悪欲を止めることは出来る。

仁の力が弱ければ悪欲が言動として表に出て、

他人に迷惑や嫌悪感を与える。

心が持つ力を「善悪」のどちらに向けるのか、

それは自分自身が決めること。

他人は常に観ている「あなたの善悪」「あなたの仁徳」を。

また、自分も観ている「他人の善悪」「他人の仁徳」を。

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2016年10月26日

約束

約束 

約束を守る、これを義と云う。

約束を守らない人間は不義。

自分自身の心を観て、

質量に合った約束をすべきである。

一旦、約束したものを破るよりか、

初めから約束しない方が良い。

その時に自分自身を観る力が必要である。

無理せず、虚栄を張らず、力不足を伝えた方が良い。

出来る努力も必要だが、

これも無理せず、自分の質量に合わせること。

自分の質量とは「過去の自分」を観れば分かる。

安易に約束をしない。

約束をしたならば、出来ない言い訳を準備しない。

約束は自分自身の義が試される時である。

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2016年10月25日

果実

果実

普段、心で思うことが人生の貧富を創る。

心と云う田畑に何を植えるのか。

思うことは「何かを植えること」である。

その何かが将来、自分を豊かにする作物になるか、

それは心に植えた苗や種に因る。

積み取らない、枯れない、抜き取らない限り育つ。

また、自分から田畑を見捨てない限り育つ。

すぐに育つ草花、時間を要する大樹。

これから為すべき「心の田畑」、

それを手入れするのは自分の心。

古来、漢字に「現実、実現、結果、成果、忠実、実際、実績」、

それらは「心の田畑 心の作物 心の収穫、心の富裕」を、

教え諭し、豊かな人生を導いている。

それらを理解しない人生に豊作は見込めない。

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2016年10月24日

何もしない

何もしない 

何かをする、何もしない、双方とも同じ努力。

学問を心掛ける、心掛けない、これも心では同じ質量。

しないことも努力である。

しない、動かないことを忠実に守る。

それも努力の一つ。

頭で考えることに脳は善悪の区別はつかない。

心で思ったことを脳に伝え、身体を動かす。

ただ、身体の疲労度が異なるだけ。

掃除をする、しないでは労力に差が生じる。

身体の疲労はあれど、脳の疲労はない。

怠けることも努力、働くことも努力、

心で思うことは同じ。

自分の心は自分の心にある善悪、正負で人生は創られる。

あなた自身の仁徳もあなたの心から創られる。

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2016年10月23日



徳に欠ける、徳を積む、徳を修める。

徳は「仁・義・礼・智・信」を実践することである。

仁、人を慈しむ心、恨み、妬み、僻みなどを持たず、

自分に辛い仕打ちをしても、心の栄養にする心。

義、人の約束を守る、人を立てる、人に協力する、

人の為に尽くす心。

礼、仁義に対して言動する心。

智、自分や周囲の過去、現在、未来を観る心。

信、仁義礼智の言動によって人から用いられる心。

「仁・義・礼・智・信」をそれぞれに実践するのが徳。

徳は実践の言動であり、常に修めるものである。

人生の道はまさに「仁生」である。

最高徳目である「仁」を学び、

社会から喜ばれる「仁の人生」を歩みたいものである。

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2016年10月22日

善悪

善悪 

他人の善悪はすべて心の栄養になる。

自分以外の人々は自分を育てる為に、

多くの善行や悪行を施してくれる。

善行を観て、それを学び、悪行を観ては自分を省みる。

悪行する人間も自分なり必死に生きている。

もしくは他人から観た自分自身かもしれない。

自分自身を自分では観難い。

他人の相(すがた)を観て、自分自身を振り返る。

他人の善悪をただ単に評することなく、

その奥にある「自分への教え」に気がつくこと。

それらに気づき、自分自身を省みれば、

自ずと仁徳を修めることが出来る。

その為にも他人の悪行を観ても、

その評価を軽々しく口に出さない仁の心を持つ。

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posted by 純庵 at 04:30| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする