2016年11月30日

心の質量 

心の質量 

人間、初めは同じ心の質量であった。

育つ環境や学ぶ環境で人生に多少の差が生じる。

仁徳の教えをいただいた青少年には、

他人に対する「仁の心」思いやりが生まれ、

人をいじめることや周囲に反発することは少ない。

人間、老若男女関係なしに常時「学問」は必要である。

自分が必要する学問「人としての修養」を心掛け、

自分の心を豊かに、怒りや恐れ、僻みや妬みの心を消し、

心の質量を高めたい。

いじめる人間は青少年だけではない、社会人になっても、

いじめや誹謗中傷に走る心の器が小さい人間もいる。

心の修養と云う学問を心掛け、

常に時を超えた教え、偉人の格言、良書を学ぶことが良い。

誰しも持つ「自分の心」。

いつでも自分の心が持つ質量を増やすことは出来る。

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2016年11月29日

騙す

騙す(だます)

他人を騙す心はいつか露見される。

しかし、自分を騙す人間は露見し難い。

心の中にしまい込んだものは、

表面化するまで心の中で育ち続け、

他人から観られる時点では大きく成長している。

常に自分自身を騙す人間は、悪に対して言い訳の準備をし、

真の自分に言い聞かせ、騙し、納得させる。

本来、自分自身が理想とする生き方とは異なる人生を歩み、

違うことの間違いを心で正当化する。

自然でない心の為に、人生は疲れ、いつも心が落ち着かない。

仁の心は他人を思いやる心でもあるが、

自分自身をも思いやる心である。

他人の慰めよりも、自分自身で心を正すことが大事。

自分を騙すことなく、他人を思いやり、悪心を消す、

仁徳の道を歩むのも、自分の心一つ。

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2016年11月28日

積小為大

積小為大 

積小為大(せきしょういだい)と云う言葉がある。

字の如く、「小さいことの積み重ねがやがて大きいことを為す」の意。

小さいことは意外と疎んじ易い。

この言葉は善悪両方に通じる。

他人が分からない悪事もやがて大きくなり、

隠しきれないようになって、自分一人では収拾つかなくなる。

善事もやがて大きくなり、他人へ善の影響を与える。

自分の徳や金銭も同じこと。

積み上げた小さい徳や僅かな金銭が人生を豊かにしてくれる。

小さい事を面倒臭がる人間は大きい事を為し難い。

人間、大きい事を目指すが、その基本は小さい事である。

その為に「自分が為すべき小さい事」を書く必要がある。

頭の中に設計図を描いても、不安定な状態の図面になる。

こまめに小さい事をまず書いてこそ、大きくなる道が観える。

面倒臭い事を為すことが成功の扉を開かせる。

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2016年11月27日

余計な言動 

余計な言動

余計な言動が多い人間ほど、仁の力に欠ける。

仁とは人を思いやる心、人を傷付けない心、

人の悪口を言わない心、恕の心を大事する仁。

心で思うことは他人から観えない為に、

それほど他人に害はない。

しかし、その心で思った悪の感情は、

一旦、心からはみ出ると、

他人を傷付け、悩まし、嫌悪感を持たせる。

必要な事か否かは自分自身で判断すべき。

余計な言動は大概思い付きが多く、

相手のことを思わない不仁な心。

話が好きな人間ほど、言動の管理が必要。

話が好きな人間はまず話す前に間を置いて、

内容を確かめ、内容に含まれる栄養素を見極める。

それは意外と面倒なことなので、まずは余計な言動を控える。

余計な言動は自分自身の評価が下がり、「信」が低くなるだけ。

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2016年11月26日

心身

心身

心身は歳と共に衰えて来る。

身体は若い時に比べれば、年々衰えて来る。

その為にも自分に合った軽い運動は必要。

いつまでも若い身体でありたいと思うのは当然。

しかし、日々、軽い運動を継続するには「心の力」が要る。

では、心の衰えは如何に防ぐのか。

筋肉と同じように心も柔軟性は衰え、思考力も低下する。

運動と同じように自分に合った軽い学問が必要。

本来、歳を取れば人間として磨かれ、

人と争うことなく、人の悪口を言うこともなく、

僻みや妬みも消え、皆から尊敬される徳高き人間になっているはず。

しかし、老いても他人の悪口や妬み、僻みなど口にするのは、

心を磨くことを忘れているのかもしれない。

若気の至りでは済まない年齢になれば、

自分に必要な心の学問を修めなければならない。

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2016年11月25日

箴言

箴言 

箴言(しんげん)とは戒めや教訓の言葉や格言。

もし、自分にとって箴言を聴いたならば、

素直に受け取る仁徳が必要。

心に思い当たることが多く、

自分自身を傷付けたくない為に反論する人間も多い。

人間が持つ自尊心がある為に仕方ない。

箴言や忠告は自分の心が成長する為に必要な言葉。

話す方も辛い、聴く方も不愉快であろう。

でも、この辛苦の薬が心を成長させる。

これ以上、心を痛めないような処方かもしれない。

人間の心は弱い、強くする為にも、これらの言葉を、

素直に受け取り、心で省みて、心を改善する。

その為にも「心の動き」を書き留め、自分を観ること。

決して頭だけでは考えないこと。

頭で考えた妙案も瞬時に消えることが多い。

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2016年11月24日

学問

学問

学びて問う。

問うとは誰に。

問うはまず自分自身に問う。

問うとは自分の心を知ること。

心から自分の人生を創る為に、

自分の心を知らなければならない。

自分の心知らずして歩くは、

地図もなく、燃料も確かめず、乗物を運転するようなもの。

知らずとも彷徨えば行けるかもしれない。

でも、より詳しく自分と云う乗物を調べた方が良い。

それでも、人生には迷路が多々待ち構えている。

自分に必要な学問、専門知識、心の指導書、思想書、

今、習得すべき学問を見出す。

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これは詳しい地図と同じ、そして燃料と云う自分の「気」。

この気を充満し、進むべき道がより豊かな人生を創る。
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2016年11月23日



敬は人を敬う心。

人間として大事な徳目である。

特に自分自身が生き続ければ、必ず来る「老いの時」。

今、自分の周囲にいる「老年」の方々、

明日は我が身になる姿。

いつかなる相(すがた)を観ることが「智」。

今、敬の心を以って敬老を行う。

そうすれば、自分が老年になった時に、

相手の思いを知ることが出来る。

「敬」や「孝」「悌」の心が人間関係の徳目である。

未来は我が身と云う天地自然の万法を忘れてはいけない。

また、若者にもへも「敬」の心が大事。

如何なる人にも「敬」「孝」「悌」を心して、

まずは我が身よりも他人の身を安心させよう。

すべては「仁」の心から発する。

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2016年11月22日

良言善事 

良言善事 

他人の良言を聞いて、すぐに反論し、相手を否定する。

他人の良書を見て、すぐに誹謗し、相手をつぶす。

心の中に他人の「良心」を拒否する「心の病」を持つ人間。

人間である限り、誰しもその感情は持つ。

その感情を抑えるのが「仁の心」である。

自分が良いことを言った時、

相手から蔑ろにされたら嫌な気分になるだろう。

それが徳目の恕 じょ(己が欲せざるところ、人に施すなかれ)である。

如何なることがあっても、

相手を否定しない、誹謗中傷しない、悪口を言わない恕の心を持つ。

例え、心で思ったとしても、口に出さない。

心の器が小さい人間ほど、その悪感情が器からこぼれやすい。

大きい人間は心が多少揺れても、その器からこぼすことはない。

自分自身が他人のことを否定、中傷、

悪口を言うような性格なのかを観る「仁の心」を修めよう。

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posted by 純庵 at 05:25| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日



平安、平和、平時、平均、平等。

それぞれの平はまさに「安定」を意味する。

生活が安定している「平安」。

世の中に争いがない「平和」。

世の中が安定している「平時」。

すべての人間に差別がない「平等」。 

この「平」を生み出すのは各自の心。

まず、心の中に「平」の種があるのか、

それを常に蒔く心を持っているのか。

すべての人間がこの「平」と云う「仁徳」があれば、

いつの世も「平心」の人間が多く、社会も「平世」である。

この「平」を創る環境を整えなければならない。

世の中はまさに大樹の如し、一朝一夕では実らない。

これからは人生学問としての「仁徳」を広めることが肝要。

是非、一人一人が「仁徳」を広く伝えて欲しい。

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posted by 純庵 at 04:46| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする