2017年01月21日

雪 

雪 

降っては消える雪。

天地自然の万法である雨や雪、

いずれも降っては大地に溶け込む。

人生の辛苦も心に降っては溶け込み、

心の肥やしになっていく。

雨や雪が大地を潤す如く、

喜怒哀楽は心を潤す。

喜びや悲しみ、怒りや苦しみ、

すべては心に溶け込み、

人生を豊かにする。

しかし、当人の心情は穏やかでない場合もある。

その時、天地自然を観れば良い。

それによって動植物は育てられ、

互いに活かし合っているではないか。

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posted by 純庵 at 05:31| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月20日

思い通り 

思い通り

自分自身が思い通りにいかない。

自分が思ったことは自分でなかなか出来ない。

ましてや、他人などはより思い通りにいかない。

思うことは「田に心」、

農耕と同じで耕作には時間を要する。

思い通りにいかないのは、失敗ではなく。

それ相当の時間が掛るということ。

自分に要する時間、他人に要する時間。

時間の長短はあるが、継続が基本であり、

最も必要な力である。

思い通りいくには、耕作の準備や段取りがある。

まずは一歩一歩進むことを忘れず、

途中で自分自身から逃げることなく、

晴天、雨天、などは当たり前と思い、心を耕そう。

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posted by 純庵 at 06:18| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

素直

素直 

素直でない人間ほど、

他人の助言を聴くことが少ない。

聞いても心で受け取らないために、

心が成長できない。

助言は「助ける言葉」であり、

無駄な意見ではないはず。

どのくらい栄養が有るかは、

聴いて心に入れなければわからない。

心の栄養剤を与えても飲まない人と同じ。

ただ、自分自身に合わないことは拒否しても良い。

その時話す「言い訳」が「正当な理由」ならば、

互いに傷つくことはない。

言葉は人間関係に大事な存在。

余計な言い訳を話すより、黙って聴いていた方が良い時もある。

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2017年01月18日

悪口 

悪口 

人の悪口を平気で話す人間は、

自分自身がもっとも悪口の対象になっていることに、

気がつかず自慢気にいる。

根拠のない話や欠点を探し吹聴する、

人に会うたび会話のネタが「人の悪口や噂」。

聞いていれば初めは面白いかもしれないが、

「もしかして自分のことも」と思うようになり、

出来るだけ距離を置いて会話を避ける。

もし、同じように人の「悪口や噂」で盛り上がれば、

逆に悪口や噂の発生源にされる。

悪口の得意な人間は「ずるい性格」を持つので、

自分は傷つかず、相手を傷付けることに長けている。

自分の会話は自分自身で気づき難いもの。

話す前に「間」を置いて、内容を確認し、「仁」の言葉にする。

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posted by 純庵 at 05:51| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月17日



口から発する言葉は、その人の心そのものである。

良き言葉を発する人は心も良い。

悪しき言葉を発する人は心も悪い。

巧言は心が観られる。

言葉の巧みさは技術であって、

心そのものではない場合が多い。

言葉が多いから良いとは限らない。

的確な内容ならば言葉の数は少ない方が良い。

言葉は人格が観られるので、

必要な言葉のみを選び、余計なことは言わない。

余計な言葉は「信」に欠け易いので要注意。

言葉を選ぶことを心掛けない人間は、

「仁」に欠け、相手に嫌な思いをさせることがある。

言葉は心を表すので「間」を置いて話す修練をしよう。

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2017年01月16日

天地自然の万法 

天地自然の万法 

陽は昇り、陽は沈む。

月は常に満ち欠けを繰り返す。

花は咲き、散り、実を結ぶ。

不変の法則であるが、人間では気がつかない動きもある。

人間、時に自然界と親しみ、自分の生き方を観る、

自然界や動植物を観ては、自分自身の為すべきこと、

自分の過去、現在、未来を観る。

自分自身の進化や退化を次の時に活かす。

戻らない人生、それらを人生の肥しにして、

迷いや不安のない人生を創りたいものである。

路傍の花、枯れずに大地を守る大樹、子育てに必死の動物。

すべては自分自身の師であり、人生の道である。

難しいことを考えずに、動植物は生きている。

自然と一体化した生命は実に素晴らしい存在。

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2017年01月15日

主人公 

主人公 

禅語の「主人公」。

人生はまさに芝居であり、

その中に多くの登場人物が出演する。

芝居を面白くする為に、善役悪役が登場する。

そのたびごとに自分自身は喜怒哀楽の心を持つ。

役者が多いほど自分と云う主人公が演技を磨く。

芝居を観て面白いのは悪役にいじめられる時、

それに負けず戦う姿であろう。

日々、人生の「喜怒哀楽」に感謝をして、

人生芝居の共演者、特に悪役に感謝が出来れば名優である。

また、自分自身、誰かの共演者「善役悪役」かもしれない。

自分で招き運ぶ「運命」。

この世に生まれ、鍛えられ、仁徳を高める「天命」、

天地自然の万法「天命」と自らの「運命」を心する道を歩こう。

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2017年01月14日

水の仁 

水の仁 

仁とは何か、幅広い仁を説明するには例え話が良い。

喉が渇いた人に水を与えること、これが仁。

相手の体調を診て、水温を考える、これは仁の上。

この言動を当然の如く思い行う、これが仁徳。

相手に汚い水を騙して与える、これを不仁と云う。

仁の基本は正直という「義」であり、

普段の恩返しや社会的な義務でもある。

人間として「為すべきことを成す」、それが仁義。

常に仁徳の心を持ち、如何なる相手も憎まず、

非礼な言動をあっても、自分にとっての修養と思い、

人生劇場の悪役に感謝をするくらいの徳心を持つ。

何事も修練、固い考えではいつの間にか「古」なる。

固い頭や執着を見極め、少しでも離れる修徳が必要。

その為に聖賢の人たちは学問に励んだ。

学問とは自分自身の修徳である。

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posted by 純庵 at 05:46| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

過ち 

過ち 

人は誰しも過失を行なう。

完璧な人間はいない。

過ちや間違いは過去のこと。

しかし、これ以上大きな過ちは、

人の過ちや失敗を他言し自慢すること。

これは過ちや失敗した人間以上に大きな過ちをしている。

それを聞いた場合は鵜呑みにしてはいけない。

自分の過ちの一端に成り得るからである。

「聞き流す」や「過ちを諭す」ことが大事。

ただ、そのような仁に欠けた人間は諭されると、

更に反発し、その諭した人間までも悪く言う。

でも、それを嫌ってはいけない。

自分を育てる為に「悪役」を演じている人生劇場の

共演者と思うくらいの仁徳を修めることである。

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posted by 純庵 at 05:24| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

拭く 

拭く 

自分が水をこぼしたら、拭くか拭かないか。

食卓や机に水をこぼした、服に水をこぼした。

綺麗な水からまだ良いが、汚れた水、食べ物の水なら、

そのままにして置くだろうか。

中には放置する人間もいるだろうが、

大半の人間は急ぎ拭くはずである。

ましてや、これが他人にこぼした場合、

より慌てふためくであろう。

心の汚れも拭くのは当たり前。

しかし、これを出来ずに放置する人間が多い。

汚れは「シミ」になり、悪臭まで放つ。

汚れたらすぐに拭き取る、

これが「仁・義・礼・智・信」の修徳である。

まずは、当たり前の徳目を難しく考えないこと。

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posted by 純庵 at 05:21| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする