2017年12月20日

貶す

心学「貶す」(けなす)

平気で人を貶す人間。

人を貶す人間ほど裕福にはなれない。

それはなぜか、貶す漢字が意味を成している。

貝偏は金銭、乏は貧の意味。

貶す人間はまず自分自身の心に貧乏の種を植え、

それが育ち、言葉の在庫を増やし、他人に発する。

もし、貶されたら相手の心を観る修徳を積む。

それで怒ったりすれば、相手の思う壺。

仁徳は相手の心を観て、

なぜ、そのような不仁不徳になったのか、

まさに人間学として学ぶ好機である。

そして、自分自身を省みて、同じような言動をしない修養を、

学び実践することが仁徳の道。

自分を含め、全ての人は心の学びになる。

********************************
心学関係のブログ・Facebook

心学ブログ  http://wanokuni-singaku.seesaa.net
アメブロ   http://ameblo.jp/wanokuni001
心学の集い  http://www.facebook.com/groups/shingakunotudoi/ 

IMG_4241.jpg
posted by 純庵 at 03:25| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月19日

種類 

心学「種類」

動植物には多くの種類がある。

この種類は「種」に因って分けられていく。

種は生命の原点。

心に蒔く「思いの種」も数多くある。

どのように育つかは、自分自身の心次第。

善や悪にも、正や負にも育つ。

蒔いた種の内容が思い続けることに因って育つ。

思ったよりも違う現実になった場合。

初めから異なる種を蒔いている場合が多い。

それに気がつかないのは自分自身の落ち度、

途中確かめることもなく、ただ思い続けていた。

何事も確認する心の力が必要。

自分自身の考えも数多くあるだろう。

心に何の種を蒔いたのか「心を書く」修養を忘れずに。

********************************
心学関係のブログ・Facebook

心学ブログ  http://wanokuni-singaku.seesaa.net
アメブロ   http://ameblo.jp/wanokuni001
心学の集い  http://www.facebook.com/groups/shingakunotudoi/ 

sun480.jpg
posted by 純庵 at 03:18| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月18日

時期 

心学「時期」

如何なる素晴らしい草樹も、

蒔く時期や土壌を間違えれば、育つことはない。

自分自身も同じ、自分が目指すべきことがあれば、

それを実行する時期を計るべきであろう。

思い付きなどで軽率に言動しないことである。

実行とは「実になる為の行い」である。

実行しなければ実現はない。

種を蒔く時期や環境を間違えれば、

せっかくの実も芽生えず、無駄になる。

天地自然の万法は種類によっての時期や環境を計り、

無駄や無理の動きはしない。

あるべきように育ち、為すべきように成している。

人間として大いに自然界から学びたいものである。

今、目の前に咲く一輪の花にさえ、大きなる力が宿っている。

IMG_4106.jpg
posted by 純庵 at 03:36| Comment(0) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする